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東京地方裁判所 昭和29年(ヨ)4011号 決定

申請人 金子良雄

被申請人 株式会社山口自転車工場

主文

申請人の申請を却下する。

申請費用は申請人の負担とする。

理由

第一、申請の趣旨

被申請人会社(以下単に会社ともいう)が申請人に対して昭和二十九年二月一日附をもつてなした解雇の意思表示の効力を停止する。

との裁判を求める。

第二、当裁判所の判断の要旨

一、被申請人会社が自転車製造を業とする株式会社で埼玉県川口市栄町一丁目一八四番地に川口工場と称する工場を有していること。申請人が昭和二十八年四月会社に雇われ右川口工場酸素部に属し、後に同工場三角部に移つて勤務していたところ、会社は申請人に対し昭和二十九年二月一日附をもつて解雇の意思表示をなしたこと。

以上の事実は当事者間に争いない。

二、申請人は右の解雇の意思表示は、申請人の従来の組合活動を理由とするもので労働組合法第七条第一号に違反し無効であると主張する。

(一)  そこでまず申請人の従来の組合活動についてみるに次の事実が疏明によつて認められる。

申請人が会社に雇われた当時川口工場には労働組合が存在しなかつたので、申請人は昭和二十八年六月来荒井正一らと労働組合の結成を図り、その準備委員会委員長となつてその準備をすすめ、同年七月十三日労働組合を結成し即日全日本金属労働組合埼玉支部に加入し同支部山口自転車川口分会(以下単に分会という)と称した。申請人は結成大会において執行委員長となり、次いで同年九月二十四日執行委員、同年十一月書記長、同年十二月二十五日執行委員長に選任され爾来本件解雇に至るまで引続きその任にあつた。しかしてこの間申請人は昭和二十八年七月二日より同年九月二十七日まで、及び同年十二月より昭和二十九年一月四日までいずれも専従役員として組合事務に携わつていたばかりでなく、昭和二十八年七月分会が会社に対しユニオンショップ協定の締結を要求した際、また同年八月分会が賃金のベースアップ要求をした際いずれも委員長として終始団交にあたり、執行委員に過ぎなかつたときでも組合運動に経験深いものとして主として委員長書記長の補佐役にあたり、次いで昭和二十八年十一月十七日分会が会社に対して越年資金を要求した際にも、要求額の調査決定に干与し、団体交渉に終始当つたことは勿論その妥結当時は欠員となつていた委員長に代り協定書に署名調印したなど、申請人は活溌な組合活動を行つていた。

(二)  ところが、被申請人会社は本件解雇は申請人の組合活動を理由とするものではなく、申請人において就業規則第三十条第2号第3号に該当する事由があつたので三十日分の平均賃金を提供してなしたものであると主張する。ところで、就業規則に解雇に関する定めがある場合これを正当に適用しているときは使用者の右解雇についての不当労働行為意思を否定する資料となることは言うまでもないことであるから、本件解雇が就業規則を正当に適用しているものであるかどうかを検討しなければならない。

疏明によれば、会社は就業規則第六章をもつて退職及び解雇について規定し、その第二十五条には退社に関し概ね左の区別によるとし、1依頼退職病気又は止むを得ない事由により退職する場合は事務又は作業に支障のない日数を見込んで予め申出でなければならない。2病気退職、全治の見込みなきもの又は長期欠勤のもの、3懲戒退職、法規上の罰則を受け綱紀を乱したるもの、4事業上の都合によるときと定め、第二十九条は正当の事由なくして無届欠勤一ケ月以上に及ぶときは退職と看做すとし、第二十六条ないし第二十九条において退職金支給の要否及び標準について規定しているが、さらに第三十条においては左の各号の一に該当するときは三十日以前に予告し解雇する。1精神又は業務外の身体障害により作業困難と認むる時、2技能作業極めて低調にして進歩発達の見込なしと認めらるる時、3素行不適当と認めらるる行為ありたる時と定め、次いで第三十一条に左の各号の一に該当し基準法規則第七条により行政官庁の許可を受けた場合即時解雇する。1天災事実その他已むを得ない事由のため会社の事業継続不可能となつた場合、2従業員にして重大なる過失のあつた場合、3会社より催告あるに不拘無届欠勤十日以上に及んだ時と規定していることが認められる。そこでこれらの条項を相互に矛盾なく解するならば、右第二十五条第二十九条は従業員の退職する場合において退職金を支給するか否かによつて退職の態様を分類し、第三十条第三十一条は前二条の規定する退職の分類とは別箇の観点即ち、会社の一方的意思表示による解雇の場合について分類し第三十条は告知解約第三十一条は即時解雇をそれぞれ規定しその事由を定めたものであると解するのが相当である。そこで右三十条を労働基準法第二十条との関連において考察するときは、右法条は告知解約の場合についてその事由を限定していないから、就業規則においてこれが事由を限定していることは右の事由に該当する事由のない限り告知解約をしない趣旨と解すべきであつて会社が右の事由なきに拘らず解約することは許されないものと言わねばならない。尤も第三十一条に規定する事由は第三十条の場合よりも重大なものと解すべきであるから第三十一条所定の事由に該当する場合には、もとより第三十条による取扱をなすことは妨げない。しかして第三十条には三十日分の平均賃金を支給して即時解雇することについての明文はないけれども、本条は告知解約の事由を限定するために設けられた規定と解すべきであるから、三十日分の平均賃金を支給して即時解雇することをも排除した趣旨の規定と解することは相当でない。

以上の見地に立つてさらに右第三十条各号所定の事由の内容を明らかにせねばならないので、これを第三十一条との関連において考察する。

第三十条第一号はその文理上精神又は身体の障害により作業困難と認められる場合であるが、同条第二号第三号は解釈によつて内容を明かにせねばならない。しかして、同条は告知解約の事由を定めたもので、右はいずれも第三十一条第一号の場合のように使用者側において発生した事由ではなく、従業員側における事由であつて、その事由が雇傭関係の存続を会社において認容できない場合を指すものと解すべきであつて、第二号の事由は従業員の技能作業が低位であつて将来においてもその向上が望まれずしたがつてその技能作業による会社企業への寄与が期待し得ない場合であり、第三号の事由は従業員の素行からみて会社企業への寄与を期待できない場合でしかも必ずしも直ちに会社企業に対し積極的に損失を蒙らしめる場合(第三十一条第二号の場合)に限らずその程度に至らない場合をも含むものと解しなければならない。それ故第三号の事由は必ずしも懲戒に値する程度のものである必要はない。

さて右の観点から被申請人会社の主張する解雇事由の存否ならびにこれが右第三十条の各号に該当するかどうかを考察する。

(イ) 「職場を屡々放棄し、職場規律を乱し他の従業員に甚しく悪影響を及ぼす」との点について。

疏明によると申請人は昭和二十八年十一月二十一日から昭和二十九年一月三十一日までの間において組合専従職員であつた期間を除き、別表上欄記載のとおり職場を離れ作業に従事していなかつたことが認められ、かかる勤務態度は特別の事情ない限り、職場の規律を乱すものであり、他の従業員に悪影響を及ぼすものと言わねばなならない。

ところが申請人は、申請人が職場を離れたのはすべて組合活動の故であつて、しかもそれは会社との交渉或いは電話面会(いずれも会社が取次いだもの)等であつて分会の最高責任者である申請人がかような理由で職場を離れたからといつて職場の規律を乱し他の従業員に悪い影響を与えることとはならないと主張する。しかしながら疏明によると就業規則第四条によれば、会社においては勤務中濫りに職場を離れることを禁ぜられ已むを得ず職場を離れるときは上長の許可を得なければならないとされ、組合活動についても昭和二十八年七月二十一日分会と川口工場との間になされた協定においては原則として就業時間中において自由な組合活動が承認されていたが、その都度事前に届出許可を要したのであり、同年八月十日さらに締結された協定によれば組合活動は原則として就業時間外に行うこととされておつたことが認められるのであるから組合活動と雖も就業時間中には許可を要するのであり、そのため職場を離れるには許可を要するのは当然であるところ申請人がこのような許可を得ていたことの疏明はない。この点に関し申請人は会社事務所女子事務員等の取次による電話面会について、許可を必要としないものであると主張するようであるが、このように解し得る根拠はない。もつとも特別の事情のない限り通常の職場にあつては作業に格別の支障のない限り僅かの時間内に電話連絡又は外来者との面会をなすことを放任し又は慣行上許容されていることが一般の例であるといい得ないではなからう。然しながらそれは臨時的のものとして放任又は許容されるに止まり原則的に正当視され得る性質のものではないから申請人の本件職場離脱はこの限度を逸脱したものであり従つてこれについて会社の許可を要しないということはできない。しかしてまた職場を離れた理由が組合の業務のためであつてその他の従業員がこれを諒としているからといつてその職場離脱を正当化させる道理はないこと勿論でありその故に従業員に悪い影響を及ぼさないとは言えない。寧ろ組合活動のためならば自由に職場を離れてもよいのだという考え方自体又はこれを支持する考え方が職場の秩序を紊すものであつてそのことが既に悪い影響を及ぼしているものであると言わねばならないのである。

そして組合幹部の地位にある者は組合員の指導的立場にあるから、その行動によつて組合員に及ぼす影響は一般組合員の場合よりも更に大であるというべきである。

してみれば、右の申請人の行動は職場を屡々放棄し職場規律を乱し従業員に悪い影響を及ぼすものと判断されてもやむを得ないのであつて、これは就業規則第三十条第三号に該当する。

(ロ) 「作業能率極めて悪く誠意を欠いている」との点について。

疏明によると申請人は昭和二十九年一月四日から一月十四日頃までは川口工場酸素部に属しその後は三角部に属していたがその間の作業量作業能率はこれをEハンガー二十五、二十六工程についてみると他の従業員に比して遥に低いものであることが認められるが、さらに疏明によれば申請人のその他の作業については他の従業員に比してそう低いというわけでなく、Eハンガー二十五、二十六工程についても、申請人は同じ職場の他の従業員より最も新しくその作業に携わつたものであるばかりでなく、申請人が使用することのできた吹管、火口等の道具は他の従業員のそれに較べて能率の劣るものであつたことが認められ、かつ被申請人の提出した作業日報(乙第九号証の一ないし一〇二)が必ずしも全幅の信頼をおき難いものであることを考え合わせると申請人が作業能率極めて悪く誠意を欠いているという被申請人の評価は酷に失し、たやすく首肯することはできない。しかし右に認め得られる範囲では就業規則第三十条の各号のいずれにも該当する事由ではない。

(ハ) 「出勤常ならざるにつき昭和二十八年十二月十一日付戒告書をもつてこれを戒めたに拘らず依然改悛の情が認められず職場の計画促進を阻害し、一貫作業に支障を来すをもつて申請人の能力を作業計画より除外せざるを得ない。」との点について。疏明によれば昭和二十八年十二月十一日工場長畑弥五郎は申請人に対し、申請人が同年十一月二十一日以降届出なき欠勤十二回外出二回の多きに達しているという勤務状況は従業員としての本分に反し職場秩序の維持上極めて遺憾であるという理由で戒告したところ、申請人のその後本件解雇に至るまでの勤務状況は分会事務に専従していた期間を除き別表下欄記載のとおり出勤すべき二十五日間のうち欠勤五日遅刻四回(うち二回は二時間ないし三時間)に及んでいることが認められるけれども、これらの遅刻欠勤のうち一回は電車乗越による遅刻であるがその他はいずれも病気によるものであることが疏明によつて認められるのであつて、右のように欠勤遅刻が多ければ職場の計画促進を阻害し一貫作業に支障を来すかも知れないが、このことを前記戒告書による戒告と関連させ依然改悛の情が認められないというような評価をすることは首肯できない。しかして僅かな期間における出勤状況を調査しその間において病気による欠勤が多いからといつて会社企業に対する従業員の寄与を期待できないと判断することは妥当性を欠くものであるから、右の申請人の勤務状況は就業規則第三十条各号のいずれも該当しない。

(ニ) 「欠勤多い理由として疾病を挙げており、会社はこれに対し自宅において療養し悪化を防止し回復を早からしめるよう慫慂するも申請人は病状軽度なりと称し職場を放棄し構内を徘徊し会社の言に従わなかつた」との点について。疏明によれば申請人は昭和二十九年一月組合専従を解かれ職場に復帰したのち屡々欠勤遅刻等をなし別表下欄記載のとおりその理由を届けているのであるが昭和二十九年一月六日はタイムカードを押して出勤しながら病気と称して全然作業をなさず勤労係長富田寿夫に注意されて欠勤に改め、また同月十四日には病気による欠勤の届をしながら事業所構内にあつて勤労課長立石理より療養をすすめられながら病気軽度であると称して勧告に従わなかつたことがあり、また出勤しながら作業をしないので職場組長の作業日報にもとずいて欠勤扱いにした事例もあることが認められる。ところで欠勤と称し作業に従事しないものが濫りに事業所構内におることは職場の作業秩序の障害になることはいうまでもないことであつて、被申請人が右の事実を解雇理由として主張する趣意も、申請人が病気療養に専念すべきであるということよりも寧ろ従業員が職場を離れて事業所構内にいることを指摘しそれが職場の規律を紊るものであることを主張するものであることは右の文言上からも容易に理解することができる。しかして申請人の右のような行動は会社企業に寄与することの期待ができないものということができるので右は就業規則第三十条第三号に該当する。

この点について申請人は組合活動のため病院の途次立寄つたのであるというけれども、欠勤しなければならない程度の病状にありながら、自宅で静養することが許されない程の緊急の組合事務があつたことの疏明はない。

以上説明したように会社の主張する解雇理由のうち(ロ)(ハ)の点は就業規則所定の解雇事由に該当しないけれども、(イ)、(ニ)の点について申請人には同規則第三十条第三号所定の事由に該当する行動が存するわけである。そして右事実によれば会社は職場秩序維持のため申請人を戒告したのであるから、たとい欠勤又は職場離脱か病気又は組合業務のためでも職場の秩序を紊さないように留意戒心すべきであるのに拘らず会社の意図を軽視して恣意的行動に出で前記のとおりタイムカードに出勤としながら無断で作業場を離脱し会社係員から注意されて欠勤に改め或は病気欠勤届を提出しながら会社構内を徘徊し静養すべき旨の会社係員の勧告を無視するが如きは従業員として甚しく不誠意であるというべきであり、その故に本件解雇がなされたものと認むべきであるから一応合理的理由を具備し正当なものといわざるを得ない。

(三)  ところが申請人は従来の会社の労働組合に対する態度、ならびに申請人所属の分会に対する取扱及び申請人自身に対する態度等をみるとき、本件解雇は右の解雇理由を藉口して実は申請人の組合活動を理由としてなされたものであると主張する。

(1) 疏明によると会社川口工場において昭和二十六年七月六日山口自転車労働組合(以下単に山口労組という)が結成されたのであるが、山口労組が同年十二月会社に対し越年資金を要求したところ、会社はこれに対する仮回答日と定められた同月六日山口労組三役らに対し解雇通告をなし、同時に被解雇者の入門を拒否した。そこで山口労組は埼玉地方労働委員会に救済を申立てていたが結局右解雇者らは十二月七日に遡つて退職届を提出することとして解決され、山口労組は幹部を失いその後三役の選出すら行わず従業員中にはひそかに別箇に労働組合を結成しようとするものもあつたが翌昭和二十七年三月末には同組合は消滅しその後本件分会が結成されるまで会社川口工場には労働組合が存在しなかつたこと。そして本件分会の結成の翌々日すでに分会の結成を知つて川口工場長畑弥五郎は分会執行委員長である申請人のほか副委員長書記長ら分会幹部十名に対し解雇を通告してきたこと。そこで分会が埼玉地方労働委員会に対し救済申立をなすとともに会社側とも交渉した結果同月二十日右の解雇通知は撤回されたこと。以上の事実を認めることができ、右の事実によれば会社はその意に副わない労働組合の結成されることを嫌悪していたものということができる。尤もこのことについて山口労組の幹部に対する解雇が組合結成を知り結成の中心人物であることの故になされたものであることを認め得べき疏明資料もなく、また分会役員に対する解雇通告の撤回は会社社長の政治的立場からする配慮によつてなされたものであることが疏明によつて窺い得るのであるが、右の解雇がいずれも相当の理由のもとになされたことの疏明もないのであるから、結局以上のことは会社の労働組合に対する態度についての前記判断を左右できない。しかしながら、このことから直ちに会社が結成された労働組合の崩壊まで企図して右の解雇がなされたものであるとするには疏明は十分でない。

(2) 疏明によれば会社川口工場において分会結成後昭和二十八年七月二十六日新たに川口工場従業員組合(以下単に第二組合という)が結成されたことが認められるが、会社が第二組合を育成して分会の切崩し策をとり分会と第二組合とを差別して分会を不利益に取扱つたとの申請人の主張については左に説明するとおり差別的取扱の事実の疏明が充分でない。

(イ) 申請人は昭和二十八年八月における賃金ベース引上に伴う給与差額金の支払について差別的取扱がなされたという。

疏明によれば、分会はその結成後昭和二十八年七月三十日に賃金ベース引上を要求し、これに続いて第二組合もまた八月五日要求を提出したが会社より基本給を千五百円ないし二千五百円を引上げる旨の回答があり、第二組合は同月二十六日これを承諾して八月二十七日調印妥結したが分会は同月二十八日会社案を受諾して調印は九月一日に行われたこと。そして第二組合員に対しては即日賃金計算に着手し八月二十八日から差額の支払いが行われたが分会員に対しては九月七日から行われたこと、以上の事実を認めることができる。しかしながら一方疏明によると当時分会員が二百六十六名で第二組合員は百四十三名に比し二倍に近く、かつ本件賃金ベース引上は従来の賃金体系を根本的に変更したもので昇給額の決定については長時間を要し九名の係員をもつてこれに当つたのであるが、第二組合員に対する支払のための計算において深夜作業をもつてしたので係員らが疲労しかつ誤算もあつて苦情を申込まれたりしていたので会社は分会との団交の際これらの事情を考慮し分会に対し支払期日を九月八日とすることを提案その諒承を得た上賃金計算に着手し右のように九月七日に賃金支払を了したことが認められるので会社が差別的意図のもとに支払を遲らせたものということはできない。申請人はさらにもと分会員であつたものが第二組合と会社との右調印後第二組合に加入したことの故をもつて差額金支払が直ちになされたと主張するのであるがこれを認めることのできる疏明はなく、また会社が第二組合に加入すれば早く差額金の支払がなされると職制を通じて宣伝したとの事実についても疏明は十分でない。

(ロ) 申請人は会社重役秋山某が昭和二十八年八月下旬分会員四、五名の家庭を訪問し父兄を通じ分会を脱退することを強制したというけれどもこれを疏明できる資料はない。

(ハ) 申請人等は昭和二十八年八月二十五日川口工場で行われた配置転換の際分会員に対し差別的不利益取扱をしたという。しかして疏明によると会社川口工場でオートバイ組立職場従業員をフレーム職場に配置転換を行つたが、それは分会員のみ十名であつて、いずれもこの配置転換を嫌つていたことが認められる。しかし一方疏明によると右の配置転換はオートバイ組立台数が減少した結果同職場で約二、三十名が余剰人員となつたのでうち十名をフレーム職場に廻したのであつてその人選については分会の執行委員長逆井光男オートバイ職場責任者沼田保三らに一任したところ、同人らは経験年数の浅い十二名位の名簿を提出したのでそのうち十名を選び将来オートバイ職場で増員するときは、これらのものを優先して取扱う旨の念書を分会に差入れ分会の承諾を得てなされたものであることが認められるので右配置転換が会社の分会に対する差別的の意図の表れだとは言えない。尤も右人選にあたつた職場責任者沼田保三が第二組合員であつたことが認められるから、沼田が人選の際分会員と第二組合員とを差別する意識が全然なかつたとは言えないかも知れないがこのことが直ちに会社の意図の表れだとは速断できない。

(ニ) 申請人は会社が分会結成以来昭和二十八年九月頃まで分会との協定について団体交渉を申入れたに拘らず組合の活動を阻害するため拒否ないしは引延ばし戦術をとつてきたというけれどもこれを認めることのできる疏明はない。

(ホ) 申請人は会社が分会の主要な活動家小島安男を川口工場の外註工場に追いやり右小島が川口工場への復帰を申出るや川口工場山下総務係長が分会脱退を勧告したというけれどもこれを認めることのできる疏明はない。

(ヘ) 申請人は会社が申請人に対し従来から差別的取扱をしてきたという。

疏明によれば、会社は申請人が職場を離れた時間を組長森山明をして詳細に記録させており、かかる取扱は他の従業員に対してはなされなかつたのであり、また、会社は申請人に対しては今まで何人にもやらなかつた戒告という措置をはじめてとり、一方同じ酸素部に属している町田某が欠勤十一日に及びながらこれに対しては戒告していないことが認められるのであるが、飜つて疏明によると申請人が戒告されたのは無届による欠勤遲刻早退外出であつて、申請人が戒告において非難された欠勤の日は後日届け出でたように組合活動に従事し会社内におつたことが認められるから、申請人にして会社規律ならびに従業員としての立場をわきまえていたならば当然事前に届出るべきでありそしてまたそれは容易になし得た筈であるから申請人が届出を促されてはじめて届出をなすという勤務態度は非難さるべきものであることはいうまでもなく、申請人がはじめてしかも就業規則にも定められていない戒告の措置がとられたからといつて申請人に対する差別的待遇ではなくまた町田の欠勤が無届でありしかも会社規律を軽視していたものと非難さるべきものであることの疏明はないのである。しかしてこのように戒告したのち申請人に対する勤務態度について会社が格別の関心をもつことは極めて当然であり、疏明によれば会社が右のように申請人の行動を注視するに至つたのは戒告をなしたのちである昭和二十八年十二月十一日以降のことであることが認められるから、申請人に対する差別的待遇とは言えない。

(ト) 申請人は本件解雇にあたつて会社側の態度がその不当労働行為意思を明瞭にするものであると主張し、まず解雇理由が遂次変化しているという。しかしながら疏明によれば会社が解雇理由として主張するところは、さきに述べた四項目であることには変化はないであり、唯右が就業規則との関連においてその適用に関する見解が動揺しているに過ぎないことが認められるので右の申請人の主張は採用しがたい。次に申請人は会社の主張する就業規則の適用は就業規則に違反するものであるというけれども前述のとおり本件解雇は就業規則に違反していないからこの点の主張も理由がない。さらに申請人は会社が本件解雇通告後申請人の参加する分会の団体交渉を拒否し事業場内への立入を禁止し、昭和二十九年二月三日分会臨時大会において執行委員長に選任せられた申請人の分会事務所へ入場することすら暴力をもつて阻止しようとしたと主張する。しかして疏明によれば右の主張事実を優に認めることができる。そしてこの会社が申請人に対して執つた措置は申請人が団体交渉に参加することを拒否し、分会事務所に入ることすら拒否するという点において明らかに不当であるが右は解雇せられたものは組合員ではないという見解に立脚したものであることが明らかであるからこのことが申請人の分会委員長としての活動を阻害し分会を弱体化しようとする意図の表れだと解することは聊か早計であり、申請人の主張は採用し難い。

以上に述べたとおり会社が労働組合の結成について嫌悪の感をもつていたことは否定できないのであるがその他会社が従来不当労働行為を行つてきたことについては充分の疏明がないのでこのことと前記解雇理由が相当な理由であることと考え合わせると本件解雇の意思表示は右解雇理由の故になされたものであつて、申請人の組合活動を決定的理由とするものでないと断ずるのが相当である。従つて不当労働行為であることの疏明なきに帰するので、本件解雇が無効であるとは言えない。

第三、結論

本件仮処分申請は会社が申請人に対し昭和二十九年二月一日附でした解雇の意思表示の無効であることを前提としてなされたものであるところ、右のとおり解雇は無効であるとは言えないのであるから本件申請は失当であり却下すべきものである。よつて申請費用は敗訴の当事者の負担とし主文のとおり決定する。

(裁判官 西川美数 綿引末男 三好達)

(別紙省略)

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